誰其/Honey and Headless

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!山中の会社で働くOLと首のないスーツ男の織りなすショートコメディ


reference: WEB色見本 原色大辞典 MEER
image: 水珠 blancbox - もどる
▽ す

 名前でも付けたら、と言われた。
 いつまでも首無し呼ばわりは酷いだろうとそういうことらしい。確かに酷い呼び名だが、本人の了承も得てしまったし彼は嫌な表情を見せたことがないから今更変えるのも若干気が引ける。

「うーん。例えば?」
「す……モト」こう書いて、とわざわざ手帳に字を載せてくれた。「(もと)
「……由来は?」
「何言ってんだよ、ストライプスーツのスだろ」
「お前が何言ってんだよ」
「そしてスーサイドのスだろ!」
「何っ? 首無しって自害でああなってんの!? 言っとくけど彼死んでないからね!?」

 本人曰くだけれども。それにしたって自殺で首落とすとか高度すぎる上に思い切り過ぎてる。彼のことだから例え強要されても「え、難しいですよー」とか言って花飛ばしてそうだ。朗らかな話じゃないって。
 想像上の首無しの行動にひそかに突っ込みをいれつつ、重にさらに異議を申し立てる。

「大体、その字ってスじゃなくてソじゃん」
「素直の素だろ」
「そうだけども」
「素肌、素敵、素性、素顔、素手、素読、素面」
「わあ出たよ無駄な頭の良さ…!」
「まだあるんだぞ、素袍(すおう)
「既に言葉の意味がわかんなくなってるから! やめてよフリーターなのが悲しくなってくるでしょ!」
「ふ、フリーターには自由があるんだ…! 悲しくなんてない…!」
「涙拭け!」

 彼の来歴を語ると私まで泣けてくるので何も言わないが、とにかく重は頭は悪くないのだ。ただちょっと変わってたというか、詰めが甘かったというか、就職に失敗したというか。ちょっとね。大丈夫、バイトの面接はちゃんと受かってるし。……一年保ったことないけど。
 あ、駄目だ、涙出てきた。


▽ ハテナ

 昼の食堂、当然のように首無しと向かい合って昼食をとっている私はかなり彼との生活に慣れてしまっている。
 いつものことなんだけども昼はわりかし食堂が混むので、奥の席に陣取っても人が近くに座ることもあるし、見知った顔が通り掛かることもあった。ただ首無しの存在自体が上手い具合にシャットアウトされるのは確かなことだと今はっきり知っているのであまり気にせずに食事ができる。

(ハニーさん、ちょっと聞いていいですか?)
「何?」

 味噌汁を啜りながら応じた。本日の味噌汁はシジミ入りで、貝独特の風味が鼻をくすぐる。

(前から思ってたんですけど、ハニーさんはここで何してるんですか?)

 噎せた。
 たまたま通り掛かった同じ課の課長が、何してるんだ水代君と笑う。「ちょっと、シジミ詰まらせたというか…」適当にごまかすと彼は「はっはっは、シジミは女性の喉が大好きだからな!」と言って去っていった。いまいち意味がわからないが突っ込み損ねる。
 そして首無し。何してるんだって今更そんな答えにくい質問を。口のない人相手に食事をしているのだと説明してもよいものか。というか食堂でなされることが何か知らないならここで何してるのかって質問はむしろこっちの台詞なんですけど。

「……見てわからない?」

 ひとまず相手のご想像にお任せしてみた。首無しは少し悩んで、

(お皿を綺麗にしてるんですか?)

 ……当たらずとも遠からず…!


▽ 恒例

「工場の八巻(やまき)班長が町部(まちぶ)に用があるらしいけど今週末外出たい人。」

 午後、急に課長がどっか行って帰ってきたと思ったら課の社員にそう問い掛けた。課長がふらっといなくなるのはよくあることなのでその時点では夏休みを持て余す小学生を睨む受験生のような顔で見送っていた皆も、これには途端に表情が変わり、大学のサークルのような雰囲気になって一斉に手を挙げて意思表示する。芽里や私も例に漏れない。こんな場所では給料は生活費をマイナスしたらあとは貯蓄一択なのである。
 今回は何をしよう。時間は限られているから、必要なことを効率的に済ませねばならない。幸いこの間重に連れ出して貰ったから買いたいものは一通り買ってあるけど、そうだドトール、ドトールで優雅に過ごしたい。
 ………。

「…首無し?」

 希望者の人数把握も終わって賑わいも少しおさまりかけたところで、そういえばさっきなんとなく色の違う声がしたなと思い返して振り向いた。こいつだ。誰よりもはしゃいだ様子で手を挙げてハイハイ言ってたの。

(はい?)
「意味わかって手挙げてたの?」

 首無しは多分顔があったらにこにこしてる感じの雰囲気で、どこか行くんですよね!と興奮気味に言った。そうですね。
 社内に留まらず街まで出られるのか、と少々呆れて、それからふと疑問に思う。会社の敷地はよくてもそこから出られないとかいうことがあったとして、それは必ずしも本人が知りうるとは限らない。山降りて街行くんだけど大丈夫?という話をしたら、彼は浮足立った様子のまま身体を傾げた。やだこの子わかってない。


▽ どとる

 その後スッ君はどう、と聞かれて一瞬なんのことかわかんなかった。

「…首無しのこと?」
「そうそう」
(もと)じゃなかったの何すっくんて」
「スー君でも可!」

 不可だろ名付け親。
 私は予定通りドトールに来ていた。ただ、予定外に一人でコーヒーを満喫しているわけではなく、何が楽しいのかまた重と向かい合っている。や、楽しくなくないけどさ。私一人で優雅に過ごしたかったんだもん。
 前とそんなに変わらない、と答えてから、そういえば会社の敷地からも出られるらしいことも告げる。そもそも今日の外出(町に出ることをうちの社員は時折こう表現する)にもついて来てるし。

「えっ……てことは、今もしかして葉仁の隣にいんの?」
「いない。一人にしてって言ったらどっか行った」
「ふうん…聞き分けはいいんだ」
「聞き分けって。ペットじゃないんだよ」失言を窘めるようなつもりになってスイーツにフォークを入れる。
「いや、さあ……。俺思ったんだけど」

 いやに深刻そうな顔付きで重がいうので、ちょっと緊張してケーキを飲み込んだ。彼はしばらく沈黙したけども、やがて重たそうに口を開いた。

「首がないスーツって……それ、リストラか不採用就活生なんじゃ」
「はっ?」
「あるいはその神様的な……葉仁、最近業績どう?」
「や…やめてよ! あんたがいうと洒落にならないから!」
「安心しろって、フリーターも、悪くないよ……」
「やあああそんな超絶優しい表情を今使うな!!」


▽ 風邪

 物凄く寒かった。
 まだ眠気にひっぱられる中でなんとか起き出そうと身体を動かして、謎の痛みがはしる。というか頭痛い。重い。
 とりあえず今日の曜日はいつだったかを思い出して、会社は休日であることを確認すると布団を引き寄せた。さむい。さむい。
 どのくらいの時間か定かではないけれど、自分がどうやら風邪を引いたらしいということに気付く。熱ありそう。月曜までに治るかな。

(朝ですよ)

 うんうん唸って身をよじり不調に耐えていると、ふとそんな声を聴いた気がした。……いや、耳が受容した感覚はない。夢かはたまた空耳か。

(昼ですよ)

 あ、また。対象がないのは分かっているけれどその声を跳ね返したくてどこかを睨もうと目を開けた。
 スーツ。男の人。首がない。あ。ああ、そうか首無しか…、ともぞもぞつぶやくと、彼は身体を傾げておはようございますと言った。

「……昼なの?」
(もう、一時です)
「そう……」

 もしかして機嫌悪いんですかなんて的外れな言葉にいらだち、結局不機嫌な口調で端的に風邪を引いて熱があることを告げた。反応は見なかったので首無しは理解しているのかよくわからない。
 さむい、と文句をつけると、ヒーターの在り処を聞かれる。ちがう、そんな暖かみは別に今欲しくない。毛布を重ね掛けするような温かさがほしい。
 自分がどんな言葉で要求したかよく覚えていないけれど、少し布団の重みが増したので掛けられたものを確認する。ストライプのジャケット。

(これしか、ないので、)

 しおらしい様子で首無しが言ったのを覚えている。

 ――まあ夢だったんだけどね!!
 こんな日に限って首無しは部屋に来なかった。なにあの人。


 
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