誰其/Honey and Headless

最新頁 全頁

1頁 2頁 3頁 4頁 5頁

!山中の会社で働くOLと首のないスーツ男の織りなすショートコメディ


reference: WEB色見本 原色大辞典 MEER
image: 水珠 blancbox - もどる
▽ 恒例

「工場の八巻(やまき)班長が町部(まちぶ)に用があるらしいけど今週末外出たい人。」

 午後、急に課長がどっか行って帰ってきたと思ったら課の社員にそう問い掛けた。課長がふらっといなくなるのはよくあることなのでその時点では夏休みを持て余す小学生を睨む受験生のような顔で見送っていた皆も、これには途端に表情が変わり、大学のサークルのような雰囲気になって一斉に手を挙げて意思表示する。芽里や私も例に漏れない。こんな場所では給料は生活費をマイナスしたらあとは貯蓄一択なのである。
 今回は何をしよう。時間は限られているから、必要なことを効率的に済ませねばならない。幸いこの間重に連れ出して貰ったから買いたいものは一通り買ってあるけど、そうだドトール、ドトールで優雅に過ごしたい。
 ………。

「…首無し?」

 希望者の人数把握も終わって賑わいも少しおさまりかけたところで、そういえばさっきなんとなく色の違う声がしたなと思い返して振り向いた。こいつだ。誰よりもはしゃいだ様子で手を挙げてハイハイ言ってたの。

(はい?)
「意味わかって手挙げてたの?」

 首無しは多分顔があったらにこにこしてる感じの雰囲気で、どこか行くんですよね!と興奮気味に言った。そうですね。
 社内に留まらず街まで出られるのか、と少々呆れて、それからふと疑問に思う。会社の敷地はよくてもそこから出られないとかいうことがあったとして、それは必ずしも本人が知りうるとは限らない。山降りて街行くんだけど大丈夫?という話をしたら、彼は浮足立った様子のまま身体を傾げた。やだこの子わかってない。


▽ どとる

 その後スッ君はどう、と聞かれて一瞬なんのことかわかんなかった。

「…首無しのこと?」
「そうそう」
(もと)じゃなかったの何すっくんて」
「スー君でも可!」

 不可だろ名付け親。
 私は予定通りドトールに来ていた。ただ、予定外に一人でコーヒーを満喫しているわけではなく、何が楽しいのかまた重と向かい合っている。や、楽しくなくないけどさ。私一人で優雅に過ごしたかったんだもん。
 前とそんなに変わらない、と答えてから、そういえば会社の敷地からも出られるらしいことも告げる。そもそも今日の外出(町に出ることをうちの社員は時折こう表現する)にもついて来てるし。

「えっ……てことは、今もしかして葉仁の隣にいんの?」
「いない。一人にしてって言ったらどっか行った」
「ふうん…聞き分けはいいんだ」
「聞き分けって。ペットじゃないんだよ」失言を窘めるようなつもりになってスイーツにフォークを入れる。
「いや、さあ……。俺思ったんだけど」

 いやに深刻そうな顔付きで重がいうので、ちょっと緊張してケーキを飲み込んだ。彼はしばらく沈黙したけども、やがて重たそうに口を開いた。

「首がないスーツって……それ、リストラか不採用就活生なんじゃ」
「はっ?」
「あるいはその神様的な……葉仁、最近業績どう?」
「や…やめてよ! あんたがいうと洒落にならないから!」
「安心しろって、フリーターも、悪くないよ……」
「やあああそんな超絶優しい表情を今使うな!!」


▽ 風邪

 物凄く寒かった。
 まだ眠気にひっぱられる中でなんとか起き出そうと身体を動かして、謎の痛みがはしる。というか頭痛い。重い。
 とりあえず今日の曜日はいつだったかを思い出して、会社は休日であることを確認すると布団を引き寄せた。さむい。さむい。
 どのくらいの時間か定かではないけれど、自分がどうやら風邪を引いたらしいということに気付く。熱ありそう。月曜までに治るかな。

(朝ですよ)

 うんうん唸って身をよじり不調に耐えていると、ふとそんな声を聴いた気がした。……いや、耳が受容した感覚はない。夢かはたまた空耳か。

(昼ですよ)

 あ、また。対象がないのは分かっているけれどその声を跳ね返したくてどこかを睨もうと目を開けた。
 スーツ。男の人。首がない。あ。ああ、そうか首無しか…、ともぞもぞつぶやくと、彼は身体を傾げておはようございますと言った。

「……昼なの?」
(もう、一時です)
「そう……」

 もしかして機嫌悪いんですかなんて的外れな言葉にいらだち、結局不機嫌な口調で端的に風邪を引いて熱があることを告げた。反応は見なかったので首無しは理解しているのかよくわからない。
 さむい、と文句をつけると、ヒーターの在り処を聞かれる。ちがう、そんな暖かみは別に今欲しくない。毛布を重ね掛けするような温かさがほしい。
 自分がどんな言葉で要求したかよく覚えていないけれど、少し布団の重みが増したので掛けられたものを確認する。ストライプのジャケット。

(これしか、ないので、)

 しおらしい様子で首無しが言ったのを覚えている。

 ――まあ夢だったんだけどね!!
 こんな日に限って首無しは部屋に来なかった。なにあの人。


▽ イヤフォン

 二日間ウォークマンがなかったけど、普段私はそんなに音楽を聴かないのでまあいいかと思ってた。

「うーん。どこやったんだろう……」

 私だけならまあよかったんだけれど、今日朝礼後に課長が来たと思ったら「水代君ティーエムレボリューション聞くでしょ、音源頂戴よ」と頼まれたので仕事あがってからこうして音源を捜している。そう課長だ。西川君より年齢が上の言ってしまえばおっさんが何故貴教作りし革命に興味を示したのか甚だ謎だけれど、曲がりなりにも上司なので余計なことは聞かないことにする。次外出たときのカラオケで歌われたら嫌だなあとか考えつつ部屋のあらゆる場所を隈なく見ているけれどさっきから一向に音楽プレイヤーらしいものは見当たらない。ちなみにファイル自体は実家のCDから抽出したものなのでパソコンとかには入っていなかった。
 おかしいな、この間寝る前に聞いてから触ってないはず。というか、聞きながら寝ちゃった気がするんだけど、朝片付けた覚えもない。布団に巻かれてるんだろうかと思って改めてみたけれどやっぱり無かった。
 一端休憩。腰に手を当てて短いため息を吐き、すこし首を曲げた。こういうときこそ音楽聴きながら作業したいものなんだけど。欲求に海馬が応えてくれたのか、メロディーがふと頭に浮かぶ。

(よーせいたちがーなっつをしっげっきーするー)
「生足み、わ、く、の、マーメイドー。……?」
(ふーふーふ、オールオッケー! あっ違う!)

 廊下のほうからゆるゆるとした歌声が聞こえる。これ頭に浮かんだんじゃないんだ、首無しが歌ってるのが聞こえてたんだ。え、ちょっと待ってなんで彼がホットリミットとか歌えるの? しかも途切れ途切れでまるで音楽プレイヤーを聞きながら歌っているような。
 ここまで来るとさすがに閃く。ウォークマン持ってるのあいつだ多分。いや、でも待って。奴には耳がないはずなのにどこにイヤフォンをさすっていうんだろう。中途半端な歌は徐々に私の部屋に近づいていた。気のせいならいいんだけど、もしウォークマン聴いてたらどうしよう結構怖い。断面に刺さってたらどうしよう本当怖い。
 扉の向こうから(ハニーさーん!)という陽気な声がする。扉が開く。

(……ハニーさん何してるんですか?)
「……」

 心の準備が整わなかったので私は彼に背を向ける形でしゃがみこんでいた。その状態で後ろに手を伸ばす。何を催促されているのか気付いたようで、あ、借りてました!と朗らかな応答。手に重みがのったのを確認して私は彼を振り返った。やっぱり首もなければ耳もない。

「…禁止ね」
(えっ)
「もうウォークマン禁止」


▽ 人形

「葉仁さー、牛乳好き?」
「牛乳ですか? 人並みに好きですけど」

 仕事をしながら先輩にかけられた言葉にまともに対応したのはそれなりに間違いだったと思う。
 仕事終わりの寮玄関。私の手には謎の人形があった。球と棒でシンプルに人を模した木製の、顔もない携帯電話サイズの人形はとびぬけて綺麗でもなく汚くもなく、愛着をもたれるような使い古された感すらない存在意義を疑う状態で私のもとにやってきた。あげる、というふうな言葉を添えられたものの要らないからたらい回しにしているようにしか思えない。
 曰く、牛乳の人形と呼ばれている、らしい。意味がわからない。

(ハニーさん! それなんですか?)
「なんだろうね……」

 前回の外出の際に社員の誰かが雑貨屋で購入したものらしいがもう何故購入したのかなんで社員から社員を渡り歩いてここまで来たのかが果てしなく謎だ。絵描く人とかがポーズをイメージするためのものか、などと推察していると首無しが私の手から人形を両手で抱き上げて、可愛いですね!と嬉しそうにする。

「欲しい? それ」
(貰っていいんですか?)
「どうぞ」
(わああ、ありがとうございます!)

 丁度困っていたので助かった。喜ぶ首無しと別れて食堂へ向かい、食事を済ませて部屋に帰ったら当たり前のように人形が棚に飾ってあった。大方予想はしていたからちょっともう諦めるしかない。
 こうしてミルク人形君は晴れて持ち主が決まり、私の部屋に身を置くこととなった。


 →
2頁(6-10/10)
画像タップでページトップに上がります

- XRIE -