誰其/Honey and Headless

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!山中の会社で働くOLと首のないスーツ男の織りなすショートコメディ


reference: WEB色見本 原色大辞典 MEER
image: 水珠 blancbox - もどる
▽ 仮病

「あたし、明日、いないから」

 課長に何か言い付けを貰って戻ってきた芽里(めり)がそう私に告げた。「急性胃腸炎で休むから」
 「……急性じゃなくない?」と、いうか、そんな予定は普通入らなくない?
 自分の仕事に熱中していたので声だけ聞いていた私は思わず顔を上げるのだが、珍しい光景を目にする。拗ねたり怒ったりで口をとがらすことはままあるが、それでもいつも芽里は堂々としているものだった。それが何故か、きゅうと脇を締めてまるで我が身を守るかのように体を縮めている。不機嫌なのは明らかだけれど、それだけじゃなさそう。

「明日あたし胃に穴開けてでも急性胃腸炎になるから……」
「それもう内科じゃなくて外科の分野になってるよね?」
「胃に穴開けて胃腸炎だと勘違いして内科行って外科にたらい回しされて明日は忙しくなるの」

 明日芽里は失血死しかけて救急車の予定が入っている。要は仮病だろう。らしくない。
 話は、だから代わりにやって、というところに向かっていく。「明日本社から人が来るから、その案内……」……。やりたくないのかその仕事。大体のことを気後れなくできる彼女のことだから、内容よりもそれが誰であるかがネックなのだと直感した。ので、「知り合い?」直撃してみた。
 芽里は、非常に嫌そうな顔をして勿体振ったあと、早口でこう言った。

「赤坂知宏(ちひろ)開発部第三グループ副責任者」

 あかっ……え、なんて?

「……赤坂?」
「知り合いじゃないから」

 ぴしゃりと言ってのけたが、その態度こそ知り合いであることを肯定しているようなものだ。私は間を置き、あえて「知り合い?」と聞き返す。


▽ 赤坂

 応接室なんてそうそう入らないので私は扉の前で一旦小さく軽い深呼吸をし、扉をノックする。
 赤坂、とは芽里の苗字でもある。聞けば本社の赤坂副班長とは芽里のお兄さんだそうで、彼女はそのお兄さんが大嫌い、だと。トマト以外に苦手なものがあったなんて知らなかったなと思いながら、案内は代わるから普通に出勤するといいよ、と話して事は落ち着いたけれど、芽里をあそこまで嫌がらせる芽里のお兄さんとはどんな人物なのか若干不安である。
 戸を開け、失礼します、と一言。部屋では背広姿の男性が二人向かい合っていた。本社からこちらまでの移動は流石に制服を着ないし、山社(ここ)と違って町部(まちぶ)や本社は部署によってスーツだったりもする、らしい。私は山社以外のとこには入ったことがないからわからない。ソファの男は黒地のスーツとストライプのスーツの二人である。
 ………。
 そういえば何故我が社でストライプのスーツが禁止されているかというと、社長が嫌いだかららしい。以前「黒地」と「黒字」をかけた験かつぎだと聞いたこともあるが制服は黒よりも朱色を基調としているような気がするので本当かどうか怪しい。とにかく、再三言うがストライプスーツは禁止されているのである。

「お待たせ致しました帰れ首無し」
(あっ、ハニーさん! 今にらめっこしてたんですよ!)
「もういいやちょっと脇に寄って。赤坂副班長でいらしゃいますね。本日案内を勤めさせていただきます水代です」

 本当にどうしてこうなんだ。首無しって何を基準に現れているんだ。見えない人には聞こえないことをいいことに私はいつも通り人に対する言葉の中に首無しへの言葉を織り込み表情だけ応接モードで保っておく。その辺便利だとは「首無し、とは」思っ……、

「それのことか、君」

 ウソォ。


▽ にんげん

「見えるのか」

 それはこちらの台詞だ。まさか本当ににらめっこしていたなんて思わなかった。そして首無しに目力なんてないと思うんだけど赤坂副班長は随分警戒した様子で首無しをにらみ続けていた。

「見えます、けど」
「君の知り合いか」
(友達ですよね!)
「あの、すぐに外に出すので少々お待ちください。首無しお家帰りなさい」
(ハニーさん私たち友達ですよね……?)

 返事をしなかったからか酷く悲しそうな表情で疑問詞を繰り返してくる。うん友達だよ。空気読めなくてときどき仕事邪魔してくるけど君のこと嫌いじゃないよ。と長々とフォローする時間を取るわけにもいかず「うんそうだねまた後でね」と適当に追い払った。
 しょんぼりとしながら首無しは大人しく応接室を出ていく。あ、またドア開けた。
 ようやく正しい人数になった室内で精神の回復を試みるような長い溜め息が聞こえてくる。赤坂副班長だ。「それで」

「君は誰だったかな」
水代(みずしろ)です。水代葉仁(はに)。今日の案内役を言いつけられてます」

 脱力したせいだろう、どうにも言葉が綺麗にならない。向こうも向こうでどこかインフォーマルではあったが、やはり年の功か経験の差か最低限のラインは保っているように見えた。
 その赤坂副班長は、一度口を堅く結び、それから恐る恐るといった様子で「芽里は」という言葉を発する。

「妹に、案内をさせるよう言っておいたはずだが」
「あー、外せない用事があるとかで。代役です」
「芽里はいるのか」
「担当部署で普通に働いてますけど」
「芽里はちゃんといるんだな」
「大丈夫です、急性胃腸炎で休んだりしてません」
「芽里は人間としてちゃんと()るんだな」
「………なんですかそれ」

 証明してくれ、と重みのあるベーストーンが言う。それまで心が休まらない、と。


▽ うたがう

 芽里が人間としてちゃんといるかどうか。
 うん、ごめん意味わからない。芽里はちゃんと出勤している。もちろん人間として出勤しているしそれ以外だったらまず雇われていないはずである。この問いは――つまり、なんだ、実は芽里はロボットで人と大差ない振る舞いが出来るかの非公認テスト中とかそういうことが前提になってるのか。開発部だしなこの人。確かうちの会社は食品会社だったと思うんだけど。

「芽里は人間ですしちゃんと普通にしてますし現在自分の部署にいます」
「証明してくれ、と言わなかったか。芽里が人間だという証拠を出してくれ」

 何いってんのこの人。芽里のお兄さんなんだよね確か。何いってんのこいつ。

「……逆に人間じゃなかったらなんだと」
「化け物、だ。さっき、君が追い払ったのと同じような」
「お言葉ですが芽里は首無しと違って同僚にも課長にも部長にも認識されてますしご飯食べますし制服くらいきちんと着ます。あと首無しは化け物と言うほどおどろおどろしくないです大分チョロいです」
「食事をするやつも制服を着て人に紛れるやつもいるしときには誰にも認識されているがいなくなれば大半は覚えていないというようなのもいる。君にはさっきのやつが見える。ならば芽里の存在をはっきり認知していても可笑しくはない」

 もう一度問おう。芽里は人間だろうか。
 ……芽里が人間かどうかって、そんなこと言い出したらそこらじゅうにいる人取っ捕まえて一々人間である証拠を探さなきゃいけなくなる。赤坂芽里は社員名簿にも載っているし社員寮にきちんと個室を持ってるし、業績もあげている。どう疑えというんだ。何より、兄だというんならこの人こそ芽里の成長を一番近くで見てきたんじゃないか。疑いようもないだろう。
 一番近くで見てきたからこそ疑うべき何かがあったというのだろうか。
 ………まさか。

「人間です。もういいから行きましょう、一週間の滞在ですよね? こんな問答繰り返してたら各部署回って社員寮の仮部屋に案内するまでに日暮れますよ」

 呆れてさっさと踵を返した私を追うように声がする。「無理帰りたい」はい?
 振り返ってみれば赤坂副班長は顔を手で覆うようにしてソファの隅でうずくまっていた。


▽ お化け屋敷

 先ず滞在期間中の貸部屋として設定されている社員寮へ案内して荷物をおいてもらうことになっていたので、会社から出なければならない。が、これが中々苦労した。

「本当になにもいないんだな……」
「いないです」大体は。「いないんでさっさと部屋行きましょう」

 途中出られると困るし。
 赤坂副班長が、これが、相当人外の存在に怯えている人らしく、「ひとまずは何もいない」応接間から出るのをかなり長時間拒んだ。やがて引きずるようにして部屋を出ると本社社員という体裁はあるのかまだマシな状態にはなったが、始終こっそりと私の服の裾を掴んでいた。まあでも凄い嫌な人というわけじゃなさそうだからよかった、芽里のことに関してはしこりが残るけど。
 さて、こういうときに限って出てくるのが首無しをはじめとした山社付近のおばけたちなので、社員寮に荷物を置いて改めて社内の案内に入ったのだけど、敷地の広さと相手の数とを考えれば避けて通れば問題がないはずである。

「おい……おい君……」
「さっき名乗りませんでしたっけ私」
「水代……何か聞こえないか……何かこう……オフィスにそぐわない音が」

 さっきから、ピアノの音がしている。あの子相変わらずここで弾くらしい。

「音楽室があるんです」
「うそだ」
「本社の人には基本的に内緒なんで赤坂様知らないふりしてくださると助かります」
「うそだ絶対」
「困ってる社員もいるんですよ、でも娯楽も必要じゃないですか」
「そんなもの作るにしても寮に作るだろう普通明らかにおかしい水代、君の言っていることは明らかに」

 やばいそろそろ面白いくらいの怯え様だ。私の悪戯心が若干揺れて音源を辿ってやろうかと思ったが私の信用に関わるのでぐっと堪える。


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