誰其/Honey and Headless

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!山中の会社で働くOLと首のないスーツ男の織りなすショートコメディ


reference: WEB色見本 原色大辞典 MEER
image: 水珠 blancbox - もどる
▽ おばけ

 山社(やましゃ)は基本的にアットホームなので会社の方針は行き渡りやすい。
 残業に関しては手当が出ないため禁止されている。どうせ食堂や大浴場の利用時間のこともあって遅くとも七時までには皆仕事を片付けるが、どうしても終わらない場合は居残り作業をする人もいるし、上司も咎めたりはしない。

葉仁(はに)ちゃん帰らないのぉ?」
「今日残る、先帰ってて」

 完成しない仕事を睨みつけながら掛けられた声に応答した。芽里(めり)は整頓した自分のデスクから中々動かない。手を貸そうかどうか逡巡しているようだった。

「葉仁ちゃん、お化けに会っちゃうよ?」

 やがてそんな言葉を投げ掛けられ、思わず手を止める。勿論、怖いからではない。「え……な……なにそれ」瞬間的に首無しの姿を探すけど今はオフィスにはいないようだった。誰のせいで残業してると思ってるんだ、全く。

「なんかぁ、最近でるんだって。聞いたことない?」
「………」見たことならある、とは言えない。「……どんなの?」
「わかんない。ピアノ弾くみたいよ」

 ……ピアノ? 首無しがそんな器用なことできるとは思えない。ということはまた別なのだろうか。社内にピアノなんてないのにねぇ、と呟く芽里を余所に、今まで首無しのほかには見掛けたことないけどなと心中ひとりごちる。
 どっちみち仕事は片付けてしまいたいし、今更おばけをどう怖がったらいいかも若干わからないので居残りをしない選択肢はない。私は未だ見ぬ人外ピアニストを侮り作業を進めることにした。


▽ 赤い店

「鬼門殿」
「はい」

 珍しく芽里が他人の残業なんかに付き合ったと思ったら、食堂を諦めた場合の社員達の行く先への切符が欲しかっただけみたいだ。つまり私は奢れと言われていた。
 鬼門殿(きもんでん)は会社の敷地から坂を下りて少し歩いたところにある小さいご飯屋さんで、こんな山中なのに不思議といつも客は多い。けれども、人が少なかったら首を傾げてしまうくらい料理は美味しい。店名について深く考えたことはなかったけど今思えば随分思い切った名前だ。閻魔様とかでそう。
 無事終わった仕事は簡単に片付けて会社を出る。他にも居残っている人があるようで、見上げてみると所々電気がついていた。向こうの工場の方は機械が止まったら何もできないので、社員も皆掃けている。社員寮には賑やかな光が灯っていた。
 バイクや車を持っていると便利なんだけれども、生憎私も芽里も自分のものは持っていない。帰郷も貸し切りバスと電車で済ませてしまうのだ。仕方がないので大人しく歩く私達。

 店のおばさんは気前よく迎えてくれた。店内は暖色で、カウンターには貰い物なのかよくわからない置物や人形が並んでいる。ミルク人形を思い出して苦笑していたら、右手の棚に似たような人形を見つけてぎょっとする。

「おばちゃん、牛乳ぅ」
「芽里ちゃんまだ伸びるかしらねえ」
「余計なお世話ですぅ。葉仁ちゃん、あたし、炒飯食べたい」
「食べるといいよ……、……おばちゃんあの人形って何?」

 折角なので聞いてみることにした。おばちゃんは、さてねぇ、と首を傾げる。「爺ちゃんの持ってきたものだからねぇ」芽里が続けてカウンターの上の、松の葉で飾られた木の実のような置物を指して同じ質問をする。「さてねぇ、」

「爺ちゃんの持ってきたものだからねぇ」
「あれは?」
「さてねぇ……」

 結局爺ちゃんの趣味か出先が摩訶不思議だということしか判明しなかった。私は赤い店内を眺めながら首無しは今部屋だろうか、とか考えていた。


▽ ピアノ

 鬼門殿を後にして会社へ続く坂を登っていたら、右手の廃神社から小学生くらいの男の子が走ってきた。時刻は、もう九時になる。芽里の横をすり抜けた一人目は坂を降りてゆき、追った二人目が手に持ったボールを落とした。芽里が転がっていこうとするボールを拾い、持っていた子に手渡す。

「危ないでしょお」

 いつもの口調だが、厳しさがあった。男の子はしゅんとして小さくごめんなさい、と謝る。……廃神社から、というより、その左隣の家の敷地から出て来たみたいだ。それなりに大きく風格のある平屋は、また大きい庭を持っていた。にしてもこんな時間まで小学生を外で遊ばせているなんて。
 変だよね、と芽里に同意を求めたら彼女は静かに、

「あんな子、車に轢かれたらいいのよ」

 ……怖い。
 芽里が小学校や保育園の教師にならなくてよかった、なんて今まで考えもしなかった安堵が胸に滲む。

 ――ふいにピアノの音が聞こえた気がして振り返った。
 坂の下、木々の前を陣取って男の子がピアノを弾いている。最初に坂をおりて行った子だろう、ボールの子は彼の数歩後ろで演奏を聴いている。(……。)いや。いや待って、おかしいでしょう。なんか、今私あんまり違和感なかったけどこれはおかしいよね? (外にピアノとか……普通ないよね、ないない)やばい私、かなり超常的なことに対して疑念を抱かなくなってる。誰のせいかなんてわかりきったこと、皆まで言わないけど。
 男の子の奏でる音楽は首無しと同じく狂気じみたところも何かを呪うような暗さもない、陽気で、小学生の指にしか思えない少し未完成なかんじの音をしていた。違いといえば、首無しは冗談にすらなり得る脳天気な雰囲気を漂わせているけれども彼はどこか神秘的だということだろうか。

 ボールの子が振り返る。次になにやらピアノの子に声をかけ、彼も振り返らせた。私たちというよりその背後を見ているような視線に、私も一度前に向き直る。

(――え?)

 一瞬だった。私が森に食べられたのは。


▽ こだま

 ……森に食べられるってなにそれ。自分の感性に遅れて突っ込みながら、いつも通りの坂を眺める眉間に皺を寄せる。今のはなんだろう、突風? 木々が迫り来るような景色を見たのは幻覚だろうか。

「ねえ芽里、今……芽里?」

 他者との比較をはかろうと隣に立っていたはずの芽里を探すが、視界に入らない。うそ。置いてかれたのか。
 ちょっと振り返っている間にさっさと坂を上がって行ってしまったことは、彼女なら有り得る。だから少しカーブを描いた道路を辿ればすぐその姿は見つかると思っていたのだが、やはりいない。少し妙な気はしたけれど素直に坂を上っていく。心なしか行きよりも道が暗く感じられた。

 間違いなく妙だということに気付くまで、そう時間はかからなかった。

「……道が長い。」

 道が長い。坂に終わりがない。そもそも左手に木が覆い繁っているのは上りはじめだけで、上がるにつれて山々が見渡せる開放的な景色になるはずなのに一向にそういった様子もない。いくらおばけに慣れてしまったとはいっても風景レベルで異変が起こると流石に、ちょっと、怖い。「芽里、」は、呼んでもいなさそう。あの子首無し見えないし。「……。…首無し…」試しに呼んでみる私の声は笑っちゃうくらい頼りない。

「首無し、いないの……?」

 こういうときこそいてよ。ああでも、風邪のときには来てくれなかったしな、

「…来ないか、」
「ないか、」

 ……はじめは気のせいだと判断しかけた。が、確かに後ろ三文字だけ復唱した声。――私のすぐ右にいる、仁平姿の女の子。いつのまにか現れた彼女に、じっと見つめられている。


▽ きつね

「………」
「……」
「………」
「………」
「………。ない。」

 謎の女の子とのにらめっこの末、彼女が発した一言目はそれだった。そして、それを境に「ない! どうしよう! ないない全然ない! 主様なかった! 開けて開けて!」……等々騒ぎ立て、私の周りをぐるぐる回り、徐々にその輪を広げて四方八方に呼び掛ける。それはまだちょっと怖かった。でも

「主様! ないよう! 開け、あうっ」

 途中ですっころんだのを見て奴と大差ない気がして一気に緊張が解けた。大丈夫だ。こいつ馬鹿の類だ。
 その丁度すぐあと、周囲に霞みがかかって何も見えないほどまで白んだかと思うと、瞬きを挟んで私は会社の敷地内に立っていた。「……えっ」

「葉仁ちゃん!」

 前方から駆け寄って来る芽里。ええと。開けてって言ってたし。開いたのか? な、何が…?
 急な景色の変化に対応しきれていない私の前に、口を尖らせた芽里がいる。「……狐と遊んでたの?」

「狐?」
「急にいなくなるから、先に行ったと思った。やめてよこんな暗い時間に姿くらますの」
「えっ…あ、ごめん…?」

 訳もわからないまま謝るけど、多分、変な場所にいたのは私の方だから急にいなくなったのも芽里ではなく私なのだろう、というのはいいとして、それと狐の関連性が掴めない。「いいけどぉ、」とそっぽ向いた芽里の声音は全然よくなさそうだ。超不機嫌。

「この山って狐いたのね、」

 視線が話題を物語っている雰囲気があったので私も芽里の見ている方向を見た。敷地の端、削られた山肌と鬱蒼とした木々。――プラス、火の玉。狐っていうか狐火。隣から「――何あれ…」という芽里の絶句が聞こえるから、彼女も別に最初からあれを指したわけじゃないんだろう。
 狐に化かされてた。さっきまでの状況と今のあの火の玉が芽里の言う“狐”と関係してるのではと瞬時に思い当たってそんな言葉が頭を過ぎる。今時中々取り上げられないよそんなの。


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