誰其/Honey and Headless

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!山中の会社で働くOLと首のないスーツ男の織りなすショートコメディ


reference: WEB色見本 原色大辞典 MEER
image: 水珠 blancbox - もどる
▽ はじめに

 はじめにその人を見たのは社員寮の大浴場の脱衣所だった。スーツだった。
 次に見たのは寮玄関。雨は降ってないけど星のない夜で、帰宅する社員に紛れて当然のように寮に入ってくる。そのときもスーツだったが、銭湯に向かう人のようにタオルを垂らした洗面器を抱えていたからまた大浴場に行くのかなと思った。
 そして今。会社は休日の夕方の寮食堂内。スーツ姿の彼がふらふら歩き回っている。いい加減おかしいと思うので同期の芽里(めり)に耳打ちしてみる。芽里は自分のプレートに箸やスプーンを乗せているところだった。

「芽里…あれ……」
「なによぉ葉仁(はに)ちゃん。あたし今フォーク選ぶのに忙しいの」
「いや、あれ……」
「フォークだいなり葉仁ちゃん」
「一瞬でいいから見てよ! フォークはどれも変わんないよ!」

 彼女は渋々といった様子で私が指差す先を見た。その方向には例のスーツ男がいる。
 彼のおかしなところは二点ある。第一にあんな人間社員にいない。
私の勤める会社はそれはもう大きいから一々人なんて覚えてないのも確かだけど、スーツはこの会社の制服ではない。制服は別にあるのだ。万一着用していたとしても式典のときだけで、しかもストライプ柄は許されていないから彼は明らかにアウト。
 そして第二に。頭がない。
 いや比喩でもなんでもなく。首から上がないのである。
 なんか変なものでもある?と不満げな芽里の声がするけどどう考えたって変じゃないか。

「えと。見えない? ……スーツ」
「葉仁ちゃんスーツそんなに好きなのぉ? あっ、トマト要らないです」
「好きじゃないよ別に」
「でも禁断症状で幻覚見えてるんでしょ?」
「えー…、」

 三点目が追加された。彼は私にしか見えないらしい。


▽ ファーストコンタクト

 禁断症状が出るほど私はスーツ好きでもスプラッタ好きでもないはずなので、考えられるのはおばけという存在だ。
 “幽霊”ではなく“おばけ”をチョイスした理由は、幽霊ほどこの世に未練があるような気味の悪い雰囲気を彼が持っていなかったこと。別に私も霊感があるわけじゃないから幽霊を見たことはないのだけれど、それでも平仮名でおばけと呼ばれるべき存在だと感じるほど、当たり前のように、能天気な様子で、何食わぬ表情(かお)をしてその人は寮付近をふらふらしていた。
 まあ要は何の害もなさそうだということ。違和感は凄まじいけどもうほっとこう。

 そう心に決めた矢先。

(さっき私を指差してましたよね)
「………」

 声はないけど何を言っているのかわかる感じはなんて表現したらいいんだろう。マインドコンタクト? コネクト? なんでもいいけどなんで話し掛けられてるんだろう。
 芽里は彼女、とてもマイペースな子なので好きにバイキングして好きに席を選びに行ったため、今私は一人だけども、だからといって食堂にオンリーなわけじゃない。
 声をだしたら独り言になってしまうのでは。

(ねえお嬢さん)
とりあえず無視を決め込む。
(奥さん)
奥さんじゃねぇ。
(……応えてくれないと脱ぎますよ!)
いやどんな脅しだよ。「好きにしてくれ…」

 これくらいなら問題ないかと口に出す。勝手に脱いでくれ向こう向いてるから。
 彼は私の言葉に嬉々として、なんだ聞こえてるじゃないですか!と伝えてきた。

(私の話をするのはやめてくださいよ)
調子は嬉しそうなままだから振りにも聞こえる。勿論そんなつもりはないのだろう。
(……ねえ。聞こえてるんでしょ)
聞こえてますが無視します。もう人に話す予定もない。問題ないはずだ。
(奥さん!)
どうしてその呼び方が生き残った。奥さんじゃねえよ独身だよ。
(応えてくれないと脱がしますよ!)
「なんでよ!? やめてよ!」


▽ 情報

 はっとして周りを見回す。辺りはがやがやしていて私に見向きもしない。結構大きな声で叫んだ気がしたのだけれど、どういうことなのか。
 二度目の応答に首無しがまた喜び、さらに懐こく話し掛けてくる。

(脱衣ネタがお好きなんですね)
「好きじゃないから別に…!」
(それより、お聞きになっていたんでしょ? 私の話をするのはやめてください)
「もうしないよ…だから話し掛けないで」

 首無しは私の言葉にしゅんとしたようだった。うなだれたように見える。でも姿勢は綺麗だし何より顔がないから一般的な判断材料は本当はなにもない。
 どうしてですか、と悲壮感の漂う問いを聞きながら、普段からあまり使われないかなり奥の席を選ぶ。ここなら独り言してても周囲に人がいないからまだましな気がする。

「どうしても何も…。じゃあ逆に聞くけどさ、あなたなんなの? なんでこの辺ふらふらしてんの?」

 向かいの椅子を引いた彼は、え?という表情をした。少し待っても何の言動もないのでこの質問は撤回して、席をすすめた。
 大人しく椅子に腰掛けた彼の座り方は品がある。首はないのに。
 私はちょっと考えてから次の質問を投げかける。

「なんで大多数に視認されてないの? おばけ?」
(失礼な。死人じゃないです)

 そこを拾うか。そのシニンじゃない。

「…えーとじゃあね、じゃあ……名前は? せめてそこから」
(お好きなように呼んでください)
「首無しって呼ぶけどいいの」
(ありがとうございます)
「いいの? それで」

 何も見えてこないじゃないか。どうしろというんだこれ。
 死んではいないことはわかったけども、他はもう何もないような。脱衣ネタが好きだということくらいしか。そういえば脱衣所にいたしな。女湯だったけど。

「……。ええと。じゃあなんであなたの話をされるのが嫌なの?」
(なぜって、恥ずかしいじゃないですか!)

 照れた。それだけかよ。やっぱり何の情報も入らない。


▽ ズレ

(ところで奥さんは)
「奥さんじゃないです独身です」
(お嬢さんはなんというんですか?)

 首はないので身体を僅かに傾げて首無しが問うてくる。愛嬌があるから不思議だ。
 正直こっちはほぼ何もわかっていないのでフェアじゃない感じがして気が乗らない。でも今後奥さんとかお嬢さんとか呼ばれるのも気持ち悪いので私はパスタサラダを突きながら小さく名乗った。

「葉仁。水代葉仁(みずしろはに)
(ハニーさんというんですね)

沈黙。

「……」
(……?)
「…、葉仁」
(ハニー?)
「はにっ」
(ハニィ?)
「なんでそんなどんどん気持ち悪くなんの!?」

 ダーリンと呼べと。もしくは蜂蜜呼ばわりか。
 首無しはおろおろして、思いついたように謝った。

(違うんです、これは、確認の疑問符です!)

 疑問符とはクエスチョンマークのことである。そこじゃねぇ。
 反応を見るに無自覚のようだから仕方ない。誤解答には適当に相槌を打って食事を進める。夕飯は朝昼と違ってあとに仕事がないからのんびりできるとはいえ、あんまりゆっくりし過ぎると喧騒が絶えて目立ってしまう。知ってる人に声を掛けられたくないし。
 以降の首無しは呆けたようにただ座っているだけだった。私だけが物を食べているのは仕方ないとはいえ変なかんじがしたし、彼には目がないくせにずっと見られてる気分がして落ち着かない。
 本来沈黙にはそれなりに強いほうだけれど、このシュールな沈黙に耐え兼ねた私は結構突っ込んだ振りをした。
 すなわち。

「……なんで首ないの?」

 これ聞いて大丈夫だったろうか。首無しって呼ぶことに関しては何の問題もなかったけど、彼にとってわりとネックな問いじゃないだろうか。…いやジョークではなくて。
 実際応答までにかなりの間があったから、撤回しようか悩み始める。でもここで撤回したら二度と聞けない気がしてなかなか踏み切れないでいた。
 そして彼の言うことには。

(……私そんなに太ってますかね?)
「そっちじゃなくて…! スレンダーだよ悔しくなるくらいには! じゃなくて、頭! なんで頭ないのっ!」
(…そんなに疑問符嫌でしたか…? でもアタマないなんて言い方は流石に傷付きます……)
「じゃなくて!」

 思考能力の話でもなくて。物理的なさ。ほら。だって。
 どう説明すべきか考えあぐね、やがて私は諦めた。もういい。この人テンポが若干違うから話がなかなか噛み合っていかない。
 ごめん、忘れて、と告げて食事を再開する。そうですか…と伝えてくる相手は少々遠慮がちだった。傷付いているのかもしれないがそこまで気を遣ってやることは出来ない私にはどうでもよかった。


▽ 脱衣

 食事を終え首無しと別れてから、私は風呂に入るために脱衣所にいた。先に来ていた芽里と話しながら支度をしていたのだけれど、そのなかで彼女に先程の様子を語られて驚く。
 わざわざ端に一人で座るから、という言葉までは、芽里には首無しが見えない予想通りだという確認ができただけだったのだけども。

「私変じゃなかった…?」
「うーんとねぇ。ぽつーんて食べてるから可哀相だったぁ」

 ぽつんて。結構喋ってたと思うんだけど。常人が見てたら挙動不審なくらい。
 最初に叫んだときも誰にも気にされなかったしなあ。首無しとの会話は他の人にはシャットアウトされてるのだろうか。そんな都合のいい。
 明日は芽里の横おいで、といつもの調子で言って、その割にさっさと一人で浴場に行ってしまう芽里を見送る。
 それで。

「首無し……」
(あっ、ハニーさんじゃないですか! また会いましたねー)

 また会いましたね、じゃねぇよ。ここ女湯の脱衣所。

「あんたはさ…なにを、ここで、うろうろしてんの?」
(い、痛いです! 足踏まないでください…!)

 一応周囲を確認。やはり誰も気に留めている様子はない。……なんて都合のいい…。
 改めて首無しに向き直って、睨みつける。ちなみに私は下着姿である。

「首無し性別は」
(男ですよ)
「男ですよじゃないの! ここ女湯!」
(えっ…え?)
「だから何をここでうろうろしてるのかって言ってんの!」

 沈黙する首無し。困っているようだが、もしこれで変態的な答えが返って来たらどうしようかと一瞬心配になる。なんかいるでしょそういう妖怪。女のコ好きなんだァーうへへ、みたいなやつ。やだきもい。
 いつまで経っても返事がないので、もう一押ししてみることにした。「女性の脱衣所に入ってくるなんて紳士としてどうなのって話してるの」
 首無しは少し間を置いて、やがて、あっ、と言った。
 そして同じようになにかに気付いた母音のつまる音を繰り返し、慌てて脱衣所を出ていく。どうやらここがどんな場所かわかっていなかったようだ。普通の男相手だったらそんな演技信じないが、あれはちょっと本気でやりそう。本気で……、
 ……あれ。はたと気付く。

「首無しそっち浴場!!」

 戸を開けたらすごい謝られた。


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